Starlings Of The Slipstream

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未来は彼女たちの手の中に宿るか――でんぱ組.inc「W.W.D」に寄せて

数年前から呟かれ始めたアイドル戦国時代、という極めて恣意的なキャッチコピーを誰が名付けたのか未だに存じないのだが(渋谷系の名付け親が田中宗一郎氏であったように意外と評論家のそれなのかもしれない)、ももいろクローバーZの紅白歌合戦出場でそれは一つの区切りを迎えたように思う。彼女たちはサブカルからの異様に高い評価に甘んじること無くメジャーシーンでの知名度を獲得し、健全な形でのセールスを得るに至った。現在の彼女たちのスタンス全てを称賛するつもりはないが、紅白への出場はやはり大きな記念碑であったと言わざるを得ない。2012年、一方で東京女子流は着々と深化の一途を辿り、シーンの最良の存在の一つであったトマトゥン・パインはアイデンティティを確立しようとする最中に散開してしまった……しかしその中でも48グループだけがシーンの波に呑まれること無く独自の"うねり"を出すことに未だに成功している。

さて、秋葉原を自らのホームグラウンドと称するでんぱ組.incの場合はどうだろうか。昨年、続々とアイドルグループによるアルバムがリリースされる最中、彼女たちはを黙々とコンセプチュアルなepをリリースし、またその中で自らと90年代との接合点をカバーという形で極めて分かりやすく明示し続けた。そして、今年初めてとなるシングル「W.W.D/冬へと走りだすお!」を1月16日にリリースした。リリース前から早くも今年のベストソング!等と銘打たれた痛々しいコマーシャルを目にする中、個人的にも期待の大きい作品であったが、A面に収録された"W.W.D"は少々反応に困るものであった。

"W.W.D"は「マイナスからのスタート」を主題とした、でんぱ組.inc流のカウンター・ソングである。同曲には、前山田健一によるあの余りに不快なクラップ音を境にして、マイクリレーのようにメンバーが過去を吐露し始めるパート、そしてメンバー2人ずつが其々の過去を共有するパートが存在する。しかし……あぁ、もはやここまで来ると歌詞として成立しているとは言いがたい。あまりにも情緒もユーモアも置き去りにされて、これではアイドルの半生を綴った暴露本、いやより適切に表現するならばブログやツイッターの自分語りと大して差はないだろう。アイドルが自らの過去を語り、オーディエンスがそれに返す――あくまでアイドルを演者であると定義するならば、それは非常に閉鎖的で危険なコミュニケーションである。そういった個々人の背景をステージの上だけには持ち込まないという「強い気持ち」があると思っていた自分にとっては、この作品は些かショックであった。いやしかし、岡村ちゃんのようなオッサンがステージの上で自意識にもがき苦しむ事を肯定し、女性にはどこまでも気高くあって欲しいと思ってしまう自分も甚だ問題があるように思えるわけだが……。

内省はミュージシャンにとって最も重要なファクターの一つである。ポップ・ミュージックの歴史を見るに、そこに疑いの余地は全くない。そう、札幌出身のヒップホップグループ、ザ・ブルーハーブの曲に"未来は俺等の手の中"という不世出の名曲を思い出そう。「何時だろうと朝は眠い」と地元での先の見えないバイト生活から始め、「北から頂く」と宣言するまでの道のりを重厚な心理描写を交えて紡いでいき、最終的に彼らは「掴んだその手を離すな」と自らと、またリスナーを鼓舞する――彼らはこの曲を通して、内省や回顧を反骨や闘争として昇華してみせた。そしてこの曲は、ザ・ブルーハーツのトリビュートに収録されるはずであった作品だ。そう、周知の通りザ・ブルーハーツもまた、「マイナスからのスタート」の代表的な存在である。

話をでんぱ組.incに戻そう。そのようなザ・ブルーハーブの宣言を思い返すと、"W.W.D"は、彼女達なりの不器用すぎる過去への精算だと位置づける事が出来る。"でんぱれーどJAPAN"のPVで彼女たちがフロアに手を伸ばしたように、オーディエンスとの距離を無くすことで、マイナスからのスタートという現在地を克明に表現した。その結果として、「生きる場所なんてどこにもなかった」とオザキ流に言わざるを得なかった。そういう意味では……彼女たちは明瞭さを求めたわけだ。しかし、「未来は俺等の手の中」とは何度でも宣言できるが、「自給650円に俺は口答え許されないウエイター」とは決して繰り返せない。だからこそ、彼女たちは最後に「自分じゃない誰かのため歌え」と宣言をする。閉鎖的コミュニケーションの終焉、ポップ・ミュージックの偉大なるアーティスト達が様々な夢をリスナーから仮託されたように、彼女たちもそこに少しだけ辿り着けるよう腹を括ったのだ。

そう、あまりにも突然に昨日は砕けていく。それならば今ここで何かを始める必要がある……彼女たちがステージに立った理由は限りなくそれに近いはずだ。未来は彼女たちの手の中にある――"W.W.D"は、でんぱ組.inc.というアウトサイダーとしての新たなスタートである。僕はそう信じたい。